2025年4月4日金曜日

散文  2025年3月

 机の周囲を片付けていたら電波時計が出てきた。小さい置時計。いつから見えなくなっていたのかわからないけれど、5年以上はこの状態だっただろう。見ると時刻は正しく動いていた。
 長いこと自ら補正しながら時を刻んでいたにもかかわらず、それは誰の役にも立っていなかった。そのことに申し訳なさを感じたけれど、それ以上に、道具として人の役に立っていないとしてもただ自分自身でありつづけていたその生き方に羨ましさを覚えた。
(2025年3月29日)




 少し前まではウィスキーを飲むことが多かったが最近はジンが多い。ジンといえばカクテルのイメージが強いけれど、ぼくは水割で飲むのが好きだ。
 酒を飲むならひとりがいい。酒と会話しながら飲みたいから。コーヒーや紅茶と会話することはほとんどないけれど酒となら会話したくなる。それは吉幾三の影響かもしれない。酒に同意を求めることはない。むしろわからないことを訊ねていることが多い。その点で、酒はChatGPTに似ている。
(2025年3月30日)




 今はもう無くなってしまったけれど、上野から北海道に向かう寝台列車に何度か乗ったことがある。上野を出るのは決まって日曜の夜だった。
余韻を乗せて列車は北関東から東北へと走る。そもそも日曜の夜は余韻で溢れた暗がりだから、車内も車窓も祭のあとのような空気で満ちている。そんな空間が好きだった。
 そんな列車に乗っていなくても日曜の夜が好きだ。なにもかもが終わりへ向かってゆく一本道のさみしさが好きだ。
(2025年3月30日)